日々の活動やニュースに対する考え、視察の報告などをブログにまとめています。

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神谷宗幣 (かみやソウヘイ)
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皆さんに伝えたいこと

最近の動向, 最近の動向 |

今回のブログで伝えたいこと

(1)吹田新選会の3人の市議候補を応援してもらいたい

(2)吹田市長選挙において、維新の会のイメージにつられて井上哲也氏に投票してはいけない

(3)大阪維新の会の政策にご用心

市議ポスター

いよいよ今日から吹田市議会議員選挙と吹田市長選挙が始まりました。

私は、自分の府議会議員選挙を応援してくれた吹田新選会の3名の候補を応援します。

石川勝(46)

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2007年に私と共に市議会議員に同期当選。
2008年に私が立ち上げた【吹田新選会】に合流してくれ、2009年には橋下徹氏(当時知事)を代表に【大阪の教育維新を市町村から始める会】を共に立ち上げ、
2010年には【龍馬プロジェクト全国会】も共に設立。
2011年には吹田市長選に出馬するも、大阪維新の会公認の井上哲也氏に敗れる。

主な活動地域:垂水町など豊津駅周辺、江坂周辺
吹田青年会議所の歴代理事長も務め、まちづくりや産業政策に力を入れる。

後藤恭平(34)

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2008年に吹田青年会議所に同期入会。
政治への意識が高いところを見込み、2011年の吹田市議会議員選挙へ出馬を依頼。
初挑戦で初当選。現在は【吹田新選会】の代表。

主な活動地域:吹田駅・岸辺駅周辺
四人の子供の父親で、子育て政策、少子化対策に力を入れる。

足立将一(29)

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2009年に神谷事務所でインターンシップを経験。以来事務所のボランティアスタッフを務める。
2011年の吹田市議会議員選挙へ出馬を依頼。
初挑戦で初当選。現在は【吹田新選会】の幹事長。

主な活動地域:吹南地域
主な政策は神谷のものを踏襲。教育政策などに力を入れる。

この1週間は三人の応援に奔走します。
3人の特徴や政策をHPなどで見てもらい、是非皆さんの力を貸してください。

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市長選挙の方ですが、こちらは吹田市民の皆さんにとっては、府議会議員選挙や市議会議員選挙の100倍くらい意味の大きな選挙です。

吹田市長選挙は、皆さんから頂いた税金、年間2000億の使い道を決める吹田の【大統領】を選ぶ選挙だからです。

36人の市議会議員が束になるより、強大な力を持つ吹田市長が誰になるかによって、吹田市民へのサービス内容は変わりますし、

市長は吹田市の【広告塔】でもあり、街のイメージを左右します。

皆さんには必ず選挙にいっていただき、皆さんの税金の使い道を決める方を自ら選んでいただきたいのです。

そして、その時の注意点として、【大阪維新の会】の看板に騙されないで頂きたいと思っています。

今回、大阪維新の会の推薦を受けている【井上哲也氏】が市長に再任するようなことがあれば、吹田市はガタガタになってしまうと私は考えています。

私の吹田での政治活動は、この人との因縁によって、現状に至るといっても過言ではありません。

私は先週まで府議会議員選挙に出ていまして、そこには大阪維新の会の候補者の方もいましたから、その段階でこうした内容を書くのは、

「自分の選挙を有利にするため」ととられかねなかったですし、こんなことを書かなくても、「吹田市民はもう分かっている」と信じていたので書きませんでした。

しかし、先週の選挙の結果、大阪全体でも吹田でも維新の会が大勝したことを見て、これは危険だと思い、改めてもう一度書いておこうと思います。

井上哲也氏や橋下徹大阪市長との関係も絡めて時系列でまとめていきましょう。

・2007年4月 神谷そうへい 吹田市議会議員初当選

・2007年   井上哲也氏の会合に一度参加し「この人とは一緒に活動してはいけないと直感で感じる」
*このときには井上氏が社会党から自民党にどうやって乗り換えたのかという話や利権のまわし方についても周囲から聞き取り済み。

・2008年3月 井上哲也氏の秘書(家城氏)が高校生に暴行し、吹田警察に逮捕される

・2008年末  神谷から橋下徹氏(当時大阪府知事)に手紙を出し、超党派の若手政治家を集めて大阪の教育改革のワーキンググループをつくることを提案

・2009年4月 「大阪の教育維新を市町村からはじめる会」(略:教育維新の会)を設立。構成メンバー約30名。代表:橋下知事 事務局長:神谷

・2009年秋  橋下知事より、教育維新の会のメンバーに各市町村で首長選挙に立候補することを打診される。→神谷、石川吹田市長選挙を検討し始める

・2009年年末 橋下知事より、今の「大阪維新の会」のグループをつくる提案を受ける。       
→ 提案には賛同せず
 理由:松井一郎氏、井上哲也氏らと一緒にやってくれと言われたが、目指すものがあまりに違いすぎると考えた。新しいグループで選挙を戦い、大阪府議会大阪市議会を席巻することを提案されたが、提案する内容が議員定数や議員歳費の削減、ONE大阪(今の都構想)などであり、前者は大衆受けはするがデメリットが大きいので反対、後者はその内容も決まっておらずアドバルーン的な話であったので賛同できず。
→ この時に、橋下知事には井上哲也氏の問題も伝え、理解を促したが、「そんな人間でも利用する」という趣旨の答えを受ける。→ この後、松井一郎氏からいきなり電話があり、新しいグループに参加を強要され、もし断るなら「維新の会」の名前は自分たちが使う、橋下知事との会は潰すと一方的に言われる

・2010年2月 橋下知事と面会し、新しい会の構想について神谷から提案
→ 今の大阪の課題は大阪だけで解決できることではないから、全国の志ある若い政治家や政治志望者に声をかけ、政党結成も視野に入れた全国組織を構築し、その中で道州制などを議論し、大阪の再興を検討する、という提案。
→ 橋下知事からは、「大阪以外のことに口を出すつもりは全くない。国のことは小沢一郎氏のような方に任せておけばいい。いち市議会議員が考えるようなことではない」と回答があり、合意に至らず、これ以降直接面会することなし。

・2010年4月  地域政党「大阪維新の会」設立

・2011年4月  井上哲也氏 大阪維新の会【公認】で吹田市長選挙に当選

・2012年10月 井上市長の後援企業と吹田市が随意契約を結んでいた事件が発覚
→井上市長、維新の会を離党

【産経新聞 10月31日(水)】
大阪府吹田市が環境省の補助金を活用した工事を、井上哲也市長の後援企業に随意契約で発注し、環境省に「競争入札で実施した」と虚偽報告していた問題を受け、日本維新の会代表の橋下徹大阪市長は31日、吹田市の入札問題について、「大変不適切な契約」と批判した。大阪維新の会顧問を務める井上市長の処遇については「顧問からいったん身をひいてもらう」と、顧問を解任する考えを示した。本人に伝えているといい、井上市長も了承したという。

・2012月11月 吹田市議会において、井上市長の契約問題を追及する100条委員会の設置を決定
            
・2014年3月  吹田市議会100条委員会の調査結果を報告

【日テレNEWS24】
「極めて不適切」 大阪府吹田市が市長の後援企業に随意契約で工事を発注していた問題で市議会の調査委員会は3日「極めて不適切な手続きだった」とする最終報告をまとめた。 吹田市は一昨年、約2250万円で市庁舎の屋上に太陽光パネルを設置する工事の入札を行わず、市長の後援企業に随意契約で発注していた。市議会は百条委員会を設置、井上哲也市長や関係者に聞き取りを行うなど調査を進めていた。 最終報告で百条委員会は「内容が適正かを確認せず決裁した」と市長の責任を指摘、「極めて不適切な手続きだった」と結論付けた。 しかし、市長の指示があったのかについては証言が得られず「関与の疑惑を払しょくできなかった」との表現に留まった。
 百条委員会は市長に対して「市場価格を少なくとも800万円上回る金額で契約し損害を与えた」として市に賠償するよう求めている。井上市長は「まだ疑わしいという結論ならさらに調査してほしい。私自身はずっと公明正大だと言っている」と話している。
          
・2015年4月  井上哲也氏の元秘書の家城氏が、国会を病欠直後の上西代議士と旅行にいっていたとのことで大きくニュースに取り上げられる。
  
【ポストセブン 4月13日(月)】
上西小百合氏のオラオラ系秘書 前上司とも“トラブル心中”歴
上西小百合代議士には「強い味方」の秘書がいる?
     
 維新の党最高顧問の橋下徹・大阪市長に「絶交宣言」され、党を除名されても、上西小百合・代議士には“強い味方”がいる。
上西氏が衆院本会議の仮病サボり疑惑と翌日の「ホワイトデーデート旅行」で取材記者に直撃されると、旅行の相手とされた家城大心・公設第一秘書が「オラァ」「ゴォルァ」と巻き舌で記者を恫喝。その様子がテレビで報じられると、「オラオラ系秘書」として家城氏が一気に話題になった。
 上西氏の地元選挙区である大阪・吹田市の政界関係者がいう。「神戸のお嬢様大学を出てる上西さんを、高校中退の家城秘書が引っ張るという不思議な関係や。支援者に対しても、“ウチの上西にやらせますから”という上から目線で、“まるで彼が議員で、上西さんが秘書のようや”と評判やった」家城氏は元々、吹田市の電機設備会社で、電気工事の資格を持つ技術者として働いていた。その会社が現吹田市長の井上哲也氏の有力後援企業だったという縁で、家城氏は政界と接点を持つことになる。
 「井上さんが市議の頃から、家城さんは電気設備会社から派遣されて井上さんの選挙応援をやっとった。そこから運転手のような立場になり、井上さんが大阪府議になると私設秘書になった。井上さんによう気に入られて会計責任者も任せられ、一緒に地元回りをしているうちに人脈が広がっていった」(同前)
 井上氏は2010年、大阪維新の会の結党に参加。2011年、飛ぶ鳥落とす勢いの維新人気で吹田市長に初当選した。だが翌2012年、秘書としても上り調子だった家城氏にトラブルが発覚する。井上市長は吹田市庁舎の屋上に太陽光パネルを設置する工事を、家城氏が勤めていた有力後援企業に工費2250万円の随意契約で発注。市の規則では130万円以上の工事は入札が原則なので問題視され、井上氏は維新の会を離党し、党顧問の職も辞めた。その上、家城氏が後援企業の関連会社から毎月報酬を受け取っていたことが発覚し、012年11月に秘書を解雇された。
 だが、そんな逆境にも家城氏は負けなかった。「翌月の衆院選では橋下ガールズの上西さんの陰の参謀として家城秘書が動いとった。上西さんは落下傘やから地盤がない。家城秘書はミソをつけとったけど地元で人脈と経験があったから、上西さんの橋下ガールズとしての話題性も活かしながら、うまく当選させた。2人が市内で手を繋いで歩いとるのが噂になったんは、その直後からやな」(同前)そして、家城氏は“国会議員よりも偉い”といわれる立場を手に入れ、旅行では上西氏を実家に泊まらせるまでの関係になった。井上氏と上西氏、2人の「ボス」は橋下氏の怒りを買ってしまったが、「オラオラ系秘書」の成り上がり人生はまだ続くか。
         
・2015年4月  井上哲也氏、大阪維新の会の【推薦】で吹田市長選挙に立候補  
               
以上の流れで今日に至ります。

私たちが維新の会に参加しない理由の大きなものが井上氏の存在であり(その下でやればどうなるかがわかっていたから)、2011年の市長選挙で仲間の石川さんが破れ、吹田の維新+自民連合(当時)に対抗するために、私が選挙区を変える理由ともなりました(今では、吹田の自民党も井上市長の政治には問題ありと考えて、対立候補を擁立したので、昨年から協力しています)。
また、随意契約の問題などは、井上市長の市政運営の問題の、表に出た氷山の一角に過ぎません。さらに上西さんの問題にしても、あんな問題行動をとるのも、若くて何も分かっていない代議士の教育係に、家城氏という秘書をつけた井上氏の責任が大きいのです。

維新の会の橋下氏は、テレビであれだけ露骨に上西代議士を断罪しましたが、そのボスである井上氏の推薦を取り消さないのはどうしてでしょう? そもそも、不正な随意契約をし、離党させた人物に推薦を出すこともおかしいのです。
(次回の衆議院選挙の時には上西氏にも維新の党から【推薦】を出すのでしょうか?)

井上氏と橋下氏との間にはどんなやり取りがあるのか?

それは恐らく一般の方が、維新の会や橋下氏に期待する【改革】のイメージとは程遠いものであると私は感じます。

テレビやワイドショーで流れてくる切り取られた映像やイメージだけに流されず、選挙において良識ある判断を市民の方にはお願いしたいと感じます。

***************

最後に、地方選前半戦で大勝した大阪維新の会の政策について私なりの指摘を数点

吹田でも数名の方が市議選に立候補をしておられるので、その政策について思うところです。

まず、都構想については単なる行政区の区割りの話であって、それをやったから大阪の政治や経済が劇的によくなることはありえないと思っています。
(劇的な変化が起こせるのであれば、知事と市長が同じ維新の会となったことですでにできているはずですから。)
それでも大衆が【都構想】に期待するのは、郵政民営化や民主党の政権交代に期待してきたのと同じ心理だと思います。

大衆は新しいものが好きで、漠然とした改革に期待し、自分が投票したことは忘れて、結果が出なければ、改革を唱えた政治集団をあとで批判するのです。
政治家はそれを分かっていながらも、そのとき勢いのある政治集団に乗り、とにかく目の前の当選を手に入れなければならないと考えるものなのです。
(私や維新を離脱した方のように、まずいと思って世の中の時流に逆らい、真面目に政策を訴える政治家が馬鹿を見るのはいつの世も同じことのような気がします。)

いつになったらこのループから抜けだすのか。いや民主主義政治を続ける以上このループからは抜け出せないのか。そんなことを考えています。

有権者の気を引くための極端な政策提案は、無責任なもので実現することはありません。

それを知ってか、知らずか、議員定数の半減や歳費の大幅削減を政策で掲げ、【身を切る改革】を訴える人たちを私は冷めた目で見ています。

例えば、吹田市で議員定数を半減するとどうなるでしょうか。

先の府議会議員選挙でも明らかになったように、吹田市には共産党や公明党といったがっちりした票を持った組織があり、そこのメンバーの方は確実に議席を押さえてきます。よってまずこの2つの政党の発言力が高まるでしょう。

さらに、自民や民主、維新といった政党の候補者も組織の力で通ってきます。
すると、私のように何も組織のないところから想いで政治に挑戦しようなどという人はよほどの力がない限り当選することはできなくなるのです。今でも吹田市議会議員になるには最低でも約2000人の支持が必要ですが、定数が半分になれば単純計算して倍の4000票が必要になってきます。

こうなった状態で、(今の投票率では)組織のない人間の当選はほぼ不可能になります。つまり、多様な民意の反映がかなわなくなるわけです。
 
また、議員数が減れば執行部(市長や職員)は議会の懐柔が楽になり、議会の権力チェック機能は衰えます。

さらに、吹田の場合36万人に36人の議員ですから市民1万人当たり1人の議員です。これは市民の声を拾い上げるのに多すぎる数なのでしょうか。吹田市の人口は増えているのです。

こんなデメリットがある中で、議員定数を半減して得られるメリットは、議員の歳費総額の削減です。
吹田市の議員を半分の18人にして削減できるコストは、年間約2億7000万円程度。吹田市の年間2000億の予算の0.13%です。
この削減がどれだけ市の財政の健全化につながるでしょうか。

それよりも多様な民意を反映させ、権力に迎合しない議員を1人でも議会においておくことで、執行部の無駄遣いや利権目当ての開発、職員の縁故採用などをチェックさせる方がよほど税金の使い方としては有効だと私は感じます。

一定の議員数の維持は【民主主義のコスト】なのです。

同じく議員歳費の削減や政務活動費の削減も財政的にはあまり意味がありません。

そこをへたに削って、政治家が裏で利権を握ったり、買収されることの方が市民にとってはデメリットですし、安い歳費では、若い世代は政治家になれなくなり、退職した年金生活の年配の方やもともとお金のある方ばかりが議員になる傾向が強まります。

どうしても議員の歳費が税金の無駄遣いになるのだと思えば、議員の一定数をボランティア議員として、有償議員と別の枠で選挙をして無報酬でやってもらえばいいのではないでしょうか。
 
このように、議員定数や議員歳費の削減は、財政的にあまり意味がないですし、デメリットがたくさんあります。

では、なぜ多くの政治家がそれを訴えるのか。
それは、こうした事情を知らない有権者にウケるからです。
【身を切る改革】とかいうと喜ぶ人が多いからです。
 
政治家はちゃんと歳費は頂いて、スタッフなどを雇い、それに見合った仕事をすればいいのです。
それをしない議員は次の選挙で落とされればいいのです。

政治家=ろくな仕事をしていない →歳費を削ってしまえばいい

という発想は、頑張って活動する政治家のやる気を削ぐと共に、優秀な人材の確保の妨げになります。

***********

以上、選挙の初日ということもあり、

思うところを3点書かせていただきました。

世の中の一般的な意見と違うことも多いと思います。
しかし、世の流れに迎合するような政治を私はしたくないのです。

今回の府議会議員選挙も事前調査をすると吹田市でも60%以上の方が都構想に賛成でした。
しかし、私はもろ手を挙げて賛成できないので、敢えて苦言を呈するような文章を書いて配布し、多くの方から反論を頂くことになりました。

それを分かってはいても、自分に嘘をついてまで、選挙を戦いたくなかったのです。

また、上西代議士の事件が報道されてから、吹田における維新の会の支持率は一気に上がりました。
注目が集まっただけなのか、同情票だったのかまではわかりません。

ただ上に記したように、維新の会の成り立ちや、吹田の維新の会の現状を知る私からすると、イメージだけで投票行動が変わっていくのが、恐ろしいと感じるのです。

キャッチフレーズやイメージに流されず、本当の目で人物や政策をみて、可能ならば人柄に触れて、

皆さんに選挙に行って頂きたいです。

民主党の政権交代のようなブームの後に、ますますの政治不信が広がることを私は心配しています。

私はこうして自分の信じるところや政策を貫いて、政治活動をしていきたいと思います。

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プロフィール写真

神谷宗幣 (かみや そうへい)龍馬プロジェクト全国会会長

昭和52年福井県生まれ。関西大学文学部・関西大学法科大学院卒業。
21歳の時、1年間海外で生活し、外国の若者と交流する中で「日本人に生まれたことの感謝」と「思考停止している日本の若者への問題意識」に目覚める。
2013年に株式会社グランドストラテジーを設立し、インターネットチャンネル「CGS」を開設し毎日番組を配信。大阪府吹田市を拠点に活動中で、日本人の意識改革のための海外研修及びセミナーや、「CGS」とリンクした「歴史」「主権者教育」「キャリアデザイン」「政治のしくみ」などをテーマにした講演は、若い世代を中心に多くの支持を得ている。
執筆活動も行い、主な著書として「大和魂に火をつけよう」「坂本龍馬に学ぶ仲間をつくる力」などがある。